はまゆうの会

人生会議

 皆さんは、もしものことがあったとき、認知症などで意思が伝えられない状態になったとき、人生の最終手段をどう迎え、何を大切にしたいと思いますか?
そうしたことを、日頃から家族や医療・介護スタッフなど身近な人と話し合ってもらおうと、厚生労働省の公募で「人生会議」という言葉が生まれ、国民への普及を図っています。

 昨年末、人生会議を啓発する厚生労働省のポスターが「患者や遺族への配慮不足」と批判を受け、撤回されました。
お笑い芸人さんが病院のベッドに横たわり、元気なうちに話し合っていればよかったと後悔している内容で炎上したのです。

しかし、その騒動で思わぬ余波も。炎上後ツイッターには「それでも家族で話し合っておくことは大切」という投稿が相次ぎ、「#人生会議勝手にポスター」等のハッシュタグで思い思いのポスターを作成してアップする動きが生まれたのです。
自作のポスターには「繰り返す話し合いの先にはきっとみんなでうなずける未来がある」「決めなくてもいいからいっぱい話をしよう」など名言や個性豊かなメッセージが溢れています。

 最近ではエンディングノートや終活が普及してきました。ひとりで抱え込んでもしものときを考えるのは、悲しく大変なことです。「縁起でもない」と避けるのではなく、元気なうちから日常会話で家族ともしもの時を考えることで、大切にしたいこと、大切にしたい思いが再発見できるかもしれません。

神式でのお葬式について その1

お葬式の形態には、様々なものがあります。
弊社の所在する浜松市では、神式(神主様が司祭するお葬式)でのお葬式=神葬祭で執り行われるケースが30%ほど占めています。

今回は、その神葬祭についての基本的な知識を、浜松市南区高塚町にある、「高塚熊野神社 戸塚宮司」にお話ししていただきました。
本神社は、パワースポットとしてでも非常に有名で、全国から参拝者の集まる神社としても有名です。

知っていそうでいて、知らない知識が盛り込まれていますので、
是非とも最後までご視聴ください。⇒【浜松葬儀公式】神式でのお葬式について その1 ※YouTubeにリンクします

高塚熊野神社HP→https://takatsukakumano.com/

籠盛のルーツ

 遠州地方(浜松)ではお葬式や初盆のときに、缶詰や飲み物などを詰めた籠を造花(シルク)で飾った「籠盛」で祭壇の周りを華やかに飾る風習があります。
生花(供花)と同じく、故人に捧げるお供え物、遺族に弔慰を表すものとして送られます。

籠盛は地域によっては「盛籠」と呼ばれます。また、籠盛の風習がないところもあります。
このような形でお供えをするようになったのは諸説あり、起源がはっきりしませんが、元々は大分県の風習。
遠州地方(浜松)で見かける形とは異なり、スタンドの上に食品が詰まった箱を造花で飾り、スタンドの脚元には灯籠やランプが置かれます

 昔は一家の主人や担い手が亡くなっても、その家族が立ち直るまでの間、日持ちのする玄米や味噌などの食料を親戚や知人が竹やつるの籠に花を添えて送ったのがルーツとされ、日本各地に広がり、それぞれの形で受け継がれています。
現在では、缶詰や飲み物が多いですが、お米や調味料もセットに含まれていることがありますね。

お供え物としての役目が終わったら、親族やお手伝いをしてくれた方々へ配ることが多いようです。

 

忠犬ハチ公のお葬式

 室内飼いが当たり前で「ペットも家族の一員」とされる今では、「ペット葬」は普通の事になってきました。
外で飼うのが当たり前の昔では非常に珍しいことでしたが、例外的に盛大だったのが忠犬ハチ公のお葬式です。

 ハチは1923年(大正12)年に秋田県で生まれた秋田犬。東京帝国大学農学部の上野栄三郎教授に引き取られ、渋谷に近い松濤で暮らし始めました。毎日、教授の出勤を見送り、ときには渋谷駅まで送り迎えすることもあったそうです。
しかし、教授は1925年(大正14年)に急逝。ハチと暮らしたのはわずか1年だったそうです。

ハチのお葬式

 教授が亡くなり10年が経過した1935年(昭和10年)3月8日未明に渋谷駅東口で息絶えているところを発見。遺体は駅の小荷物室に安置されました。上野博士の妻、植木屋の家族が続々と駆け付け、末期の水があたえられました。毛並みを整えられたりしたそうで、これは湯灌(ゆかん)や死化粧にあたるのかもしれません。渋谷駅舎を使って、人間と同様の葬儀が行われました。

 ハチの死を新聞で知った多くの人々が参列。花環・供花・弔電・手紙、さらには香典も続々と寄せられました。
地元・渋谷の仏教会からは導師(法会・葬儀を主になって行う僧)・伴僧(導師に付き従う僧)、計16名も呼ばれました。こんなにも盛大なお葬式は、高僧の葬儀でも珍しいことのようです。

 ちなみに一周忌はハチ公像の前で行われております。これだけ愛され続けているペットは、他にはいないのではないでしょうか。

お彼岸 彼岸花

<彼岸花の咲く時期>

 墓や田の畔など、常に人の手によって除草が行われている場所にだけ、彼岸花は花を咲かせることができます。
 1.秋から茂り始める葉に太陽光が降り注ぐような場所であること
 2.夏の終わりの頃、一定程度の光が地面に届く場所であること
以上の二点が、彼岸花が花を咲かせる必要条件と考えます

9月20日頃に花を咲かせる植物
 彼岸花が咲く気温は、約20~25度とされています。まさに、お彼岸の頃が適温というわけです。
最低気温が20度前後まで下がってくると、地中の球根から花茎が30cm~50cmまで一気に伸び花を咲かせます。

日差しが強い場所は開花が遅くなる傾向があり、半日影の涼しい場所では開花が早くなるようです



<彼岸花が生き抜くための知恵>

なぜ秋に咲くのか
彼岸花が春に花をつける植物だった場合、その生存競争が厳しい中に身を置くことになります。他の植物が枯れ始める9月に咲くことで、太陽の光を十分に受けることができ沢山子孫を残せるというわけです。

「彼岸花(ヒガンバナ)」は、お彼岸の頃に開花することにちなんだ名前です。

 

<赤色の彼岸花の花言葉>
 情熱・独立・再会・あきらめ・悲しい思い出・想うはあなた一人・また会う日を楽しみに

 <白色の彼岸花の花言葉>
 また会う日を楽しみに・想うはあなた一人

 ※白い彼岸花はけっこう珍しいです。
 黄色のショウキズイセンとヒガンバナとの自然交配でできたもので、繁殖力が弱いので、なかなか増えません

 <彼岸花の毒>
 彼岸花には花・茎・葉・球根、すべての部分に毒があります。誤って食べてしまうと吐き気や下痢を起こし、重症の場合は中枢神経の麻痺を起こして死に至ることも。

葉の汁とか、球根とかカジッたりしたら危ないので、子供やペットには注意が必要です。

 彼岸花が土手や畦道に植えられているのは、モグラやネズミから稲や野菜などの農作物を守るためだと言われています。彼岸花には毒がありますが、特に球根に多く含まれる毒を嫌って、ミミズなどの地中の虫達が近寄らなくなります。

モグラやネズミはミミズなどの虫が餌なので、モグラ、ネズミも餌がないので来なくなるため植えられているそうです。
また墓地で多く見られるのも、モグラやネズミから埋葬された遺体を守るためだという言い伝えもあります。

見るだけでは美しくきれいな彼岸花ですが、くれぐれも毒には気をつけましょう。